『ロケの風景』その19

こんばんは、“草野球チーム・自営隊々長”こと“隊長”です。

「今年は、なかなか寒くならないから冬物の足(売れ行き)が遅くて・・・」とか言っていたのですが、岡崎ロケが始まった11月14日頃から少しづつ冬らしくなって来ました。
この日(16日)も、まあまあの天候で着物でふらふらしてても苦にならなかったのですが、撮影が終わろうとする夕方頃はそれなりに肌寒くなっていました。
“友和”さんや“あおい”ちゃんもケッコウ近くを通って行ったのですが、どの車に乗ったのかすら分からないくらいイロイロな意味であたふたとざわついた場所でした。

2人の大物俳優が消えてしまえばもう終りです。
“竹千代橋”の袂で撮影現場である小道を見下ろすようなアングルで見ていた私たちは、自分たちの荷物らしき物を発見し取りに降りようとしました・・・。
その時、さっきまで“友和”さんたちのアップを撮ってた場所で、スタッフの方たちがあの“謎のご老人”をレフ板で四方を取り囲み何かしようとしていました。
“謎のご老人”と書きましたが、この時点でこのお方は『草笛の先生』である事は分かっていました。撮影の合間に“友和”さんや“あおい”ちゃんが草笛の吹き方を教わってましたから・・・。
現在46歳の私もチョット上の“友和”さんも幼い頃、草笛にチャレンジした(私は挫折チームですが)世代ですから、その音色は『妙に懐かしい』と感じた程度だったのですが、“あおい”ちゃんにはカナリ珍しかったんじゃないでしょうか?“あおい”ちゃんの方が一所懸命に教わって練習していましたから(自分が吹く訳でも無いのに・・・ねぇ)
ですから、いくらカンの悪い私でも降りかけた土手の途中で「やばい!」と思い立ち止まらざるを得ませんでした。レフ板も先生を隠す為に囲んでいるのでは無く、風よけでしたから・・・。足音1つも立てられません。
父親“友和”さんが娘“あおい”ちゃんを草笛で呼び止めるシーンの『音撮り』が始まろうとしていたのです。

私は音楽の事はサッパリ分かりませんが、始めの音が耳に飛び込んで来た時に「少し前に同じ場所で“あおい”ちゃんに聞かせてた時とはレベルが違う」とすぐに理解できました。
高音の弱々しい音色の中で強弱を付けて、まるで書道の『墨の色やかすれ具合で表現』してる様な音色にアーティスティックなモノを感じました。
その時不幸な事故が起こりました。5mくらい離れたところにいたスタッフが持ってた?レフ板のような板が風で煽られて、バン!と音を立てて倒れてしまったのです。
先生は何事も無かったかのように最後まで吹き続けましたが、当然やり直しです。不幸な事故でしたが私にとっては大ラッキーでした。急いで現場近くまで駆け降りて行きました。エキストラ特権ですし・・・。
私は腕を組んで目を閉じて『草笛の演奏』に耳を傾けました。
音楽音痴(って、この表現合ってますか?)の私には過去どんなリッパなオーケストラの有名な曲を聴いても「ついて行けない」って言うか分からなかったのですが、この音色だけは心が震えました。

草笛で怒って遠ざかって行く娘が足を止めるシーン。「たぶん娘の思い出に触れる曲を楽器が無いから仕方なく草笛で・・・。ってシチュエーションだろう」って感じで想像していましたが、全然違いました。単純な草笛だから、この草笛の音色だから・・・足が止まるんだと思いました。
おそらく、この草笛のシーンは主人公“あおい”ちゃんがまだ学生、岡崎を離れ東京へと旅立つまでの中では『1番のポイント』になるのでは?と確信しました。
また、この草笛の音色は物語の品格やレベルを数段UPさせる力があると感じました。
私が唯一参加できたこの日に、このシーンの撮影があった偶然を素直に神に感謝するくらいしか出来ませんでした。

2度目の演奏が滞り無く終りOKが出た瞬間に、100m向うの鉄橋を名鉄電車が通過しました。スタッフ一同「ほ~~~。ギリギリだったなぁ・・・」と胸を撫で下ろしていました。
今度こそ『私たち参加の』撮影も終了です。
草笛の先生を見つけてホテルまでの道のりをご一緒させて頂き、子供のようにはしゃぎまくりました。
ホテルに帰って『出演料(では無く記念)のボールペン2本』を頂きました。他のエキストラさんたちとは違って着替える必要の無い私は、そのまま家まで歩いて帰りました。チョット恥ずかしかったです。

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